韓国から帰国して腕の再手術をした。ドクターによると、走ったり、動いていたりすると骨が成長を諦めてしまうらしい。私の認識不足で骨折した右腕を動かさなければいいと思っていたのだが、ランニング等の振動も良くないとのことで骨が付かないまま成長が止まってしまったのだ。
骨折なんて放っておけば自然に治るものだと思っていた私はそんなことがあるなんて思ってもみなかった。
手術は成長が止まってしまった骨を削って成長を促し、更に(ドクター曰く)あまり必要ではない骨盤の骨を少し切り取って、腕に移植するというものだった。素人が聞いてもあまり良く分からないので、全てドクターに任せるしかない。
術後、前回の反省もあり、2カ月は大人しくしていた。腕以外は元気なので、もう練習したくてしたくてしょうがなかった。でもこの先のためにも我慢、我慢。
ジムに行くとやりたくなってしまうので、ジムにも行かず、ボクシングも見ない。
こんなにボクシングをしていないと忘れちゃうんじゃないかと不安だったが、練習を再開した時にちゃんと動けてホッとした。多少の違和感はあったが、すぐに以前の感覚に戻れたような気がする。
手術から4カ月ほど経った2003年6月23日、アメリカの選手、ジーナ・レザースと対戦した。会場は六本木のベルファーレ。前回ほどは大きくなかったが、演出はより派手になった。さすがクラブだ。
ここは是非、怪我からの完全復活をお見せしたかった私だが、結果は今一つ。
「世紀の凡戦」という感じになってしまった。
試合は3-0の判定で勝利したのだが、ダウンを取ることも出来ず、連打で追い込むことも出来ず。自分の良さが発揮出来なかった気がする。
勘が戻っていなくて、動きが硬かったのか。
それからもう一つ考えられる原因がある。
チャンピオンになってからは「チャンピオンらしい試合をするように」と言われることが多くなった。私は元々アウトボクサーで、特に1ラウンド目は距離を取って様子をみる。
「もっと最初から打ち合わないと面白くない」
「チャンピオンが逃げちゃダメだ」
関係者やお客さんからのそんな言葉が時々耳に入ってくる。
なので、「打ち合わなくちゃならない」という思いがずっと頭の中にあって、それでもやはり接近戦は得意ではなく・・・それで中途半端なつまらない試合になってしまったのだ、と自分ではそう分析した。
次回からはあまり周りの声に惑わされずに自分の考えを貫こう、と決心する。
次の試合は約5カ月後の2003年11月30日で猪崎かずみ選手との防衛戦。猪崎選手は身長が172cmと、フライ級の中ではずば抜けて長身だ。
身長165cmの私は、やはりフライ級の中では長身な方で、長いリーチを活かしたアウトボクシングを得意としてきた。
しかし今回の相手は私よりも7cmも大きい。これでアウトボクシングが出来るのか。まぁ出入りを素早くすれば、そのような闘い方も出来るのかもしれない。
今まで慣れ親しんできた、体に染み込んだ闘い方、それもいいのだが・・・。散々悩んだ末、今までとは全く違うスタイル、それを私は選んだ。
リーチの長い相手のジャブをかい潜り、懐に入ってショートパンチを連打する。
そう、今までの対戦相手達が私を相手に繰り広げていた攻撃。
ずっと憧れていた。懐に飛び込んでの連打。今までやったことがない。これが決まったらカッコいいだろうなぁ。この時の私には自分が攻め込んでいる映像しか浮かばなかった。
練習は新鮮で楽しかった。今までは長い距離のパンチで相手を突き放して、懐に入られないことを意識していたが、今回は全くの逆。自分が体勢を低くして、上体を揺らしながら、相手のパンチをかい潜るのだ。
スパーリングも長身でリーチの長い選手に相手をお願いした。
今回の会場も六本木のベルファーレ。やはり演出は派手だった。
リングインして相手と向き合う。私が少し見上げる形になるのは、初めての経験。
ワクワクした。全てが上手くいく、そんなイメージしかなかったのだが・・・。
序盤、私のジャブや左フックがよく入った。手応えもあった。
「よし、いける」そう思って、また攻撃を仕掛けるのだが、今度は相手の長いジャブをコツコツと当てられ、攻撃を阻まれる。
そのパンチをよく見て、上体を揺らし相手の懐に潜り込む。ここで連打を決めたいところなのだが、相手が私の上から覆いかぶさり、体重をかけてくる。これを何度もやられたことにより体力を消耗する。走り込みやサンドバッグの連打もかなりやっていたはずなのに。
今まで自分よりも小さな選手とばかりやっていたから、クリンチをされるのには慣れていなかった。相手が全体重をかけてきて、潰されないように、それに抗うのは、想像以上の体力を使った。これは想定外だった。
後から教えてもらったことなのだが、そんな時には無理して抗おうとはせずに、その体重に負けて倒れ込んだ方が相手の反則を取ってもらい易くなるそうだ。もっと早く知っておきたかった。というより私の勉強不足かな、これは。
初めは調子よく楽しく攻めていたのに、このクリンチにより失速、結局お互い決め手がなくドロー判定。王座は私のドロー防衛となった。
ところでこの試合の後、今までにはなかったことが起こった。それはボクシング関係者のネットへの書き込み。どこのサイトかは忘れたが、私への誹謗中傷が有ること無いこと書かれていて、見なければよかったのだが、たまたま見てしまったのだ。書いた人は大体見当がついた。
「ええーっ!そういうことを言うの?」
という驚きと共に、悲しい気持ち、嫌な気持ちになったことは今でも忘れられない。
もう20年も前のことだが、今も盛んに行われている「誹謗中傷」のハシリだったのではないかと思う。今の選手はもっと大変な思いをしているのだろうか。