リングイン
2004年のあの事故の後、ボクシングという日常を奪われてからというもの、放心状態で何にもせずにどんどん日々が過ぎていった。
「ヤバい。これじゃあこのまま一生終わるかも。せっかく命が助かったのに」
そう思った私は、取り敢えず私と同じくリング禍でボクサーを辞めることになった赤井英和さんや高橋ナオトさんの著書を読み漁った。これからの人生の参考になることが少しでもあるのではないかと思ったのだ。
そして彼らの思いが私の感じているものと、あまりにも似通っていることに驚かされる。
やはりそれまでの生活がボクシング一色だったので、何をしていいか分からない、出来れば復帰したい、という考え。唐突にボクシングを奪われたボクサーはみんなこんな感じになるのかな?
私も復帰は随分と画策した。しかし硬膜下血腫をやった選手は日本国内で試合をすることはもう絶対に許されない。
一方、アメリカ等の海外では、硬膜下血腫で開頭手術をした選手でも本人が望めば試合に出られるようなのである。
「ならば海外に行こう」
初めは単純にそう考えたのだが、いろいろな人の話を総合するとただ単にルールの違いだけではないようで・・・。
あるドクターの話によると、日本の病院はボクサーが怪我をして運ばれて来ると、命を助けて退院させることだけを考えるのだが、アメリカの病院はボクサーをボクサーのままで帰らせて上げたいと考えるのだそうだ。だから一度開けた頭蓋骨が弱くならないようにセラミックで強化するのだという。私はその話を聞きながらワクワクしていた。
その日からはもう「セラミック!強化!頭蓋骨!アメリカ!試合!」とそんな言葉ばかりが頭の中をグルグルと回っていた。もう一度頭を開けるのくらいヘッチャラだ。
でも実際にそんな手術が出来るのか、どこへ行ったらいいのか、何度調べても今一つハッキリせず。しかも保険が効かないアメリカ、どうやら一千万円くらいは掛かるようだ。ボクシングのためなら、そのくらいは頑張って貯めようかな。そんな思いもあったのだが、よくよく考えたらボクサーなんて一生出来る仕事でもないし、お金が貯まる頃にはもう引退しなきゃならない年齢になっているかもしれない。勿論、命が助かったことへの感謝もある。
そんなこんなで、その計画はいつの間にか頭から消えていった。
その後もボクシングの解説や役者業、トレーナー等、いろいろとやってみたけれど、心に開いた穴は埋まらず。結局、もう一つの夢だった「子供を産んで母親になる」という選択肢に落ち着くことになる。
3人も産んだ。下の子は双子。元々、保育士の資格を取るくらい、大の子供好きだったので、子供と過ごす毎日は楽しく、あっという間に時間が過ぎた。
「さすがにこれでもうボクシングを忘れられる」
そう思っていたのだが、甘かった。子育て中もまだ完全にボクシングへの思いが消えた訳ではなかったのだ。
出産後もスパーリング大会等でジャッジを15年程やってきた。中には女性の試合もある。
「この相手だったら勝てるかも」
本来そんなこと考えるべきではないのは分かっている。でも頭が、身体が言うことを聞かない。
子供が幼い時にはまだ我慢出来た。子守りしてくれる人もいないし、物理的に練習に行くことも無理だ。
だが、子供が小学校に上がって、授業数も増えて帰りが遅くなってくると、
「あ、練習行けるじゃん。試合出れるじゃん」
ボクシングってやっぱり麻薬だ。もう辞めてから20年も経ってるのに。
私はまんまと引き戻された。ボクシングジムに入会したのだ。
20年も経つと頭蓋骨も多少は強くなるとのことで、脳外科の先生にMRIをチェックして頂いた上で入会したのだが、それでも久しぶりのスパーリングは少し怖かった。本当に大丈夫なのだろうか、と。
そして身体の動き、筋力、反射神経、持久力も心配だった。もう20年もやってないのだ。体重も増えたし、3人も出産してるし、加齢による退化もある。動きがドン臭くなってるに違いない。
ところが、まるで自信がなかった私にジムのコーチが掛けてくれた言葉で、一気に私は自信を取り戻した。入会したジムで初めてスパーをやった時に、思いの外褒められたのだ。
そのコーチは上手!とかナイスパンチ!とかではなく、私のいろいろな動きを、かなり具体的に褒めてくれた。
「左が早い。ディフェンスもいいし、こんなパンチも打てるんだ。何、何者?」
私はめっちゃ嬉しくなって、その気になってしまった。
だって、家事や子育てをやっていても誰も褒めてくれない。やって当たり前って感じ?
そう、もう何十年もの間、褒められたことがなかったのだ。久しぶりに感じる自己肯定感!(てか、まだそんなものを求めてる自分にもビックリ)
まぁたぶん会員に対してのお世辞もあるだろうから、全部は鵜呑みには出来ないにしても、
「スパーリング大会への出場くらいは大丈夫かな」
とは思ってしまった。そしてジムに通ううちにその考えは強くなっていった。
グローブも大きいし、ヘッドギアも付けるし、ラウンド数も少ない。レフェリーも早めにストップするから危険は少ないと考えられる。それに今やらないと一生後悔するような気もする。或いは再度与えられた試練のような気さえしてきた。とにかくもう1回、いや2,3回試合をやりたい。
子育て、家事をやりながらの練習は大変かもしれない。想定外のことが起こることもあり、自分のことだけ考えれば良かった選手時代とは勝手が違うだろう。家族の食事を作りながらの減量もキツいだろうなぁ。第一、体重なんて落ちるのか。出来れば、以前の階級のフライ級まで落としたいけど、代謝もかなり落ちてるし、毎日練習に通える訳でもないし。
少し考えただけでも現役時代とはまた違う、新しい課題が山積みだ。
それに筋肉痛が治るのもめっちゃ遅いし、キツめにトレーニングすると身体のあちこちが痛い。
でも、それでも・・・それらの課題を乗り越えられた時の達成感を想像すると、居ても立っても居られなくなるのだ。
このコラムを始めた時には、過去のボ
クサー人生を振り返ろうと思っていた。だが、ふと考えると今の私はまだ「ボクサー人生真っ只中」にいるような気がする。
これから何試合かして、満足したら終えることが出来るのだろうか。いや、もしかしたら私のボクサー人生が終わることはないのかもしれない。
いつまで続くのか分からないけれど、今は目の前にある出来ることを少しずつでも積み上げていきたいと思っている。
今回で私のコラムは終わりです。今まで私の稚拙な文章を読んで下さり、本当にありがとうございました。
いつかまた、スパーリング大会のことでも書ける日が来るといいな。

投稿者 GB