私が今まで試合をやってきた中で、何回か経験した相手。それは性別不合(GID)の選手。
男性の身体で生まれて心は女性の人が女子ボクシングに出るのは身体的に見ても明らかに違反だと思うけど、私が対戦したのは、女性で生まれて男性になった(なりたい)人で、その辺の判断は微妙だと思う。元々は女性なのだから、身体能力なども女性と変わらなく、問題はないようにも思えるのだが、彼女達は男性になりたいので、男性ホルモンの注射を打っている場合が多いのだ。
その辺の事情はあまり詳しくないのだが、それはドーピングや筋肉増強剤のような効果もあると思われる。私が対戦したその相手達は、髭やすね毛が濃かったし、喉仏も出ていて声も低かった。それくらいなら構わないのだが、やはり筋量も多く、腕の太さもハンパなかった。
戸籍上の性別は試合当時は変えていなかったと思うが、引退してから変えたという話を聞いたこともある。
黎明期の女子ボクシングではそのような選手とも対戦しなければならないことは分かってはいたのだが、どうしても腑に落ちないこともある。というか、最近もそのような選手が出場していて問題になっていたのには驚いた。
あれから20年、未だに明確な規則が出来ていないのか。ホルモン剤やドーピング等の検査は高額なため、普通のボクシングの試合くらいでは実施しないと聞く。世界戦やオリンピック等の大きな大会でしかやらないそうだ。
だとしたら、ドーピングし放題ではないか。まぁわざわざやろうと思う選手は稀だとしても、たまたま性別不合で、ホルモン剤を打っていたらどうなのか。良心の呵責は少なく、そのまま出場してしまうのではないだろうか。
同じドーピングでも陸上、水泳、球技等とはまた意味が違ってくると思う。これらの競技でも勿論違反だしダメな事なのだが、ボクシングや格闘技のような相手にダメージを与えることが目的の競技は違反だけの問題では済まされない。相手を死に追いやる可能性が高まるからだ。その可能性はどの試合でも少なからずあるのかもしれないが、ドーピングまでして相手を死なせてしまったら・・・と考えることはないのだろうか。
だいたい男性になりたいのだったら、心は男性のはずなのに、どうして女性を殴りたいのか、女子選手に勝って嬉しいのか、疑問ばかりである。
私は生まれた身体も女子、性自認も女子なので、もしかしたら性別不合の方の気持ち、苦悩等の理解が足りないのかもしれない。性別不合が悪いとか、嫌いだとか思っている訳ではないが、誤解や間違った認識があるのなら申し訳ない。
ただ、現役の時は強がらなきゃならなかったし、弱さを見せるのは恥ずかしい事だと思っていたから言えなかったこともある。
でもやはり、リング上で「元女性」と向かい合うと恐ろしくて足がすくんだ。引退して20年経つ今だからこそ言えることだと思う。
とはいえ、性別不合の人の中には「どうしてもボクシングをやりたい」という人もいる訳で…。
だからといって「元女性」が男子の試合に出るのもそれはそれで危険だ。
そこで一つ提案したいのだが、男子でもない、女子でもない、性別不合のカテゴリーを作ればいいのではないか。勿論簡単には出来ないとは思うが、そんなカテゴリーが出来れば、意外と多くの選手が集まるかもしれない。
それともう一つ、今だから言えることを告白する。
それは女子選手への男性指導者によるパワハラ・セクハラである。私もその被害者だった。
私はある時からボクシングのトレーナーとは別に、筋トレや身体の使い方、呼吸法等のフィジカル系のコーチにも指導してもらっていた。その人の指導を受けるようになってから身体の動かし方が変わったような気がした。「強くなった」と実感出来た。私が強くなるには、この人が必要だと信じていた。今思えば、いわば洗脳に近い状態だったのだと思う。
そのトレーニングは個人レッスンだったため、ジムの閉館後にも行われた。
ある日、身体の動き、筋肉の付き方を見たいから、リング上で全裸でシャドウボクシングをするように言われた。
「ボクシングではガニ股はよくない。パンツを穿いてなければ、恥ずかしいからガニ股にはならないでしょ」
とか、よく考えたら訳わからないけど、なんとなく尤もらしい理由をつけるコーチ。
私はビックリした。初めは冗談だと思ったけど、彼は「早くやれ」とせかしてくる。
勿論、嫌だったし、抵抗もあった。ただ当時の私は
「言うことを聞かないと、もう教えて貰えないかもしれない。この人がいないと強くなれない。もう勝てないかもしれない」
と思い込んでいたのだ。
私はその場でウェアを脱ぎ捨て、リングに上がった。リングの周りにはフォームをチェックするための鏡がある。そこに映し出される自分の姿。全裸でシャドウボクシング!?客観的に見たらとんでもないことをしている。何やってるんだ、私。今、練習生が忘れ物を取りに来たらどうしよう?誰かが物陰から見ていたらどうしよう?
でもやめる訳にはいかなかった。
「この人に見捨てられたらどうしよう」
もう完全に洗脳されていた。
それからも指導中に触られたり、更衣室を覗かれたり、関係を迫られたり、ということが頻繁にあった。でも報復が怖くて、誰にも相談出来ずに一人で悩んでいた。
周りの女子選手の中にも
「あれ、この人ってなんか洗脳されてそう」
って人も多かった気がする。
「そのくらいじゃないと強くなれない」
なんて意見もたまに聞くし、もしかしたらそういうこともあるのかもしれない。
現に私が「洗脳されてそう」って思った選手はみんなメチャ強かった。
「この地獄からずっと抜け出せないんじゃないか」
と精神的にかなり追い込まれたこともあった。
「もう断ろう」と思ったり、
「やっぱりこの人がいないとダメだ」と思ったり、日々そんな考えが堂々巡り。
でもある日、ついに決心がついて
「この人がいなくても私は強くなれる。大丈夫!大丈夫!」
と自分に言い聞かせて、指導を受けるのを辞める旨を伝えた。やっとの思いで。
もしかしたらそれ以来弱くなったのかもしれないが、今はそれで良かったと信じている。(まぁ勝てなかったのは骨折のせいとか、単純に相手が強かったとか、そういうことが原因の可能性もあるかな)
男性指導者による女子選手へのパワハラ・セクハラ。それは恐らく今もあると思われる。
選手は「強くなるためには、このくらい我慢しなくちゃ」と思うだろうから、現役時にはなかなか発覚しにくい。
強くなりたいという気持ちを利用している指導者は許しがたい。今も我慢している選手がどこかにいるのではないか。
今回は引退して20年経った今だからこそ話せる、ちょっと恥ずかしい話を勇気を出して書いてみた。現役時代は「これくらい大丈夫」とか思って、我慢してなかなか言えないことが多い。でも思い切って言ってみたら事態が好転することもあるのかもしれない。ボクシングに限らず、今競技をしている女子選手達の参考になれば嬉しい。