デビュー戦の勝利で「私の道はこれしかない!」と腹をくくった私は、試合後は前にも増してハードな練習の日々を送っていた。営業時間が22時までだったジムが、運よく23時までに延長され、それも後押ししてくれる形となった。
それでも時間が足りなくて、いつも閉館時間の23時を少し過ぎてしまう。
「もう閉めます。いい加減にして下さい!」
と、いつも受付のお姉さんに怒られてたっけ。かなり拘りが強く、しつこい性格の私。
「この打ち方が完成するまでは絶対に帰らない」などと自分で変な課題を課したりして、今思うと本当に身勝手で周りの皆さんにずい分迷惑を掛けていたように思う。
家に辿り着くのは、深夜24時を回っていて、寝るのは1時。それでも朝5時には起きてロードワークをしなければ会社に間に合わない。
ロードワークも階段ダッシュをしたり、長距離を走ったりとかなり追い込むような内容だったが、デビューしたての私はそんなハードな状況にも酔っていたのかもしれない。
まだ誰もいない曙光の差す公園で「だって私、プロボクサーになっちゃったんだもん」とニヤニヤしながら走っていた。
そんなボクシング漬けの日々で、当時の流行りものは全く知らず、世俗とは遮断された生活だった。唯一、よく聴いていたのが当時爆発的人気だった「モー娘。」や「浜崎あゆみ」等のヒット曲。でも決して流行りに乗っかっていた訳ではなく、割と賑やかな街、横浜馬車道を通り抜けたところにジムがあったから、毎日通る度に耳に入ってきていたのだ。
そして、デビュー戦から4ヶ月ほど経った9月21日に2戦目が決まる。相手は私よりもキャリアが長く、綺麗なボクシングをする久保真由美選手。その上タフで打たれ強く、日体大出身という経歴もあった。でも何故かその時の私は怖い物知らずで、自信しかなかった。
「勝つことは勝つんだけど、やっぱり判定よりKOだよね。私が負けるはずないから」
なーんて考えていて、本当に嫌なヤツ。
結局、KOは出来なかったけど、3-0の判定で圧勝。今回も相手はかなり鼻血を出していた・・・とか自分で書いちゃっていいのかな。もしかしたらまだ今も嫌なヤツなのか、私。
そんな激しい殴り合いをした久保選手、試合後にはすっかり仲良くなってしまい、今でも交流がある。同じ横浜に住んでいたということもあるが、普段はスローテンポなクボちゃん(試合後からはこう呼んでいる)、やはりスローな私と波長が合うようだ。
断っておくが、いつもはゆっくりな私もクボちゃんも、リングに上がると動きは速い。
クボちゃんとは朝のロードワークを一緒にしたり、試合前のスパーリングに付き合って貰ったり。もう数えきれない程のラウンド数、スパーリングをして貰った。
その後、彼女は15年もボクシングを続け引退後は、柔術に転向。マスターズの大会で優勝したこともある程の実力者だ。
当時は今よりも女子選手が少なかったので、スパーリング相手を探すのも苦労した。まず、自分のジムには相手になるような女子がいなかった。ダイエットが目的でボクシングをしている女性が多かったからだ。しかし、試合前は勿 論、ボクシングが上達するためには普段からのスパーリングは欠かせない。
そこでジムの男子練習生に相手をお願いしていたのだが、やはり男性と女性とでは力が違う。時には肋骨を折られたり、途中で本気モードに入ってしまうこともあったが、基本的に男性と女性のスパーリングでは100%の力で打ち合うことは出来ない。
それに比べ、相手が女子の場合はお互いに100%の力で打ち合うことが出来るため、実戦に近い打ち合いが出来、男子相手よりもはるかに勉強になる。
初めて女子選手とスパーリングをするために出稽古に行ったのは、高田馬場にあった女性専用のボクシングジムだった。こちらのジムにはアマチュアの試合に出場している選手も数多くいた。
ちょっとアナログかもしれないが、まずはそこのジムに電話を掛けて
「スパーリングをお願いしたいと思うのですが、そちらのジムで一番強い選手とやらせて頂けませんか」
というようなことを言ったと思う。
一応言葉は丁寧にしたが、内容的には「空手バカ一代」の「この道場で一番強いヤツを出せ!」的な道場破りのようなことを言っている。
繰り返しになるが、本当に当時は怖い物知らずだったのだ。今だったら間違いなく
「一番弱い選手とお願いします」
と言うだろう。
私にとっては初めての女子選手とのスパーリングだったし、よそのジムに行って、そこのジムの雰囲気で、めちゃめちゃアウェイ感がある中でとにかく緊張していたのを覚えている。まぁ初めての時に係わらず、出稽古というのはいつも緊張するもので、慣れるということはなかった。敵地に乗り込んで、相手が慣れ親しんだリングの上で殴り合いをする。その上レフェリーもいない。試合より緊張するに決まっている。
その高田馬場のジムで一番強い選手というのが、後にアマチュアで東京都のフライ級チャンピオンになった本多葵美子選手。
この本多選手にも、試合の度にずい分スパーリングをして貰ったし、試合の応援にも来て貰った。本多選手は、私なんかとは違い名家のお嬢様で「何故この人がボクシングなんかやってるの?」と驚いたものだが、何故だか馬が合い、今でも交流がある。
リング上で殴り合った人と仲良くなる。何とも言えない特殊な状況のように感じるが「殴り合った」という、目に見えない絆があるように思えてならない。
当時は他にも個性豊かで面白い選手がたくさんいたが、それはまた次回以降に書こうと思っている。