「視界を遮るものが何もなく、周りがよく見える。スッキリして気持ちいい」

 

これは私がプロデビュー戦で、リングに上がった瞬間の感想だ。

 

練習の時のスパーリングはヘッドギアを着けて行うのだが、プロの試合はヘッドギア無しで行う。男子が3分なのに対して、女子は1ラウンド2分。違うのはそれだけで、グローブも男子と同じ8オンス。許される攻撃、それ以外のルールも同じ。

 

プロデビューするにあたって、一番の不安はやはりヘッドギア無しで打ち合うことだった。顔の周りに守ってくれる物が何もなく心もとない。パンチの衝撃が顔や頭にダイレクトに伝わる。それまでにそんなことは経験したことがなく・・・。

でも実際にやってみると、すぐにそんな不安は吹き飛んだ。相手のパンチもよく見えて、頭も軽く動きもスムーズ。自由になった感覚と開放感が堪らない。

 

実は自分がヘッドギア無しで殴られること、それとは別にもう一つ不安があった。

そう、それとは逆にヘッドギア無しの相手の顔を直接殴る不安だ。

この日、デビュー戦の日、ヘッドギア無しで打ち合うのは全く初めての経験だった。それまではいつもヘッドギアや空手の防具を着けて打ち合っていた。しかも相手は殆どが男性。

なので、グローブでヘッドギアを殴ることには抵抗がなかったのだが、グローブで素面を、顔を直接、しかも女性の顔を・・・。

 

「本当に殴っちゃっていいのかな。殴れるのかな?」

1ラウンド開始後、アウトボクサーを目指していた私は、フットワークを使いながら、相手のパンチの威力、軌道を確かめるために少し様子をみて、パリーやボディワークでかわすのみ。

「受けるだけじゃお客さんつまらないだろうな。後で会長に怒られるかもしれない」

次のラウンドは、少しためらいながらも軽くジャブを突いていく。でも自分のパンチが当たり出すとためらいはいつの間にか消えていった。ジャブ、ワンツー、フック。思ったよりよく当たる。躊躇してる暇はない。リング上では、やらなきゃ自分がやられるのだ。一瞬の迷いは命取りになる。

 

 

パンチが相手の顔面を捉える度、拳にダイレクトに顔の骨の硬さが伝わってくる。初めて殴る人の顔。雷に打たれたような衝撃が全身に走る。ワクワクした。

途中、相手選手が鼻からかなり出血したが、私が手を休めることはなかった。自分でも意外な一面を見た思いだったが、どうやら私は血を見ると興奮するようだ。ヤバい奴かもしれない、私って。まぁリング上限定だから、大丈夫かな。ストリートでは一切こんなことは考えないから安心してほしい。

実際ボクサー、格闘家にはこんなタイプが多いように思う。普段とリング上とで人格が変わるタイプ。正に私がこのタイプなのではないかという気がする。

 

そういえば、その後の試合でも何回か相手の鼻骨を折ったことがあるが、あの感覚は忘れられない。インターバル中にタオルで押さえても次から次へと血が溢れ出してくる。だんだん「あ、折れたな」という感覚が、分かるようになってきた。

では自分の血を見たらどうだったのだろう?ふと最近そんなことを考える。

しかし、体質のせいか私は試合でもスパーリングでも出血したことがない。空手の稽古でも試合でも一度もない。

その分、最後の試合で大きな出血をしたということなのかな。頭の中で起きた事だから、自分では血を見ることは出来なかったけど。自分の血を見た事のない私が、最後の試合で大出血だなんて、本当に皮肉な話だと思う。

 

話はデビュー戦に戻るが、2ラウンド目からためらいがなくなった私は、ペースを上げて、更にいろいろなパンチをヒットさせた。3ラウンド目の中盤、左フックからの右ストレートでダウンを奪い、その後の連打でレフェリーストップ。デビュー戦をKO勝ちで飾ることが出来た。

 

 

「本当にプロでやっていけるかは分からないけど、私のボクシングがプロのリングでも通用するのか、取り敢えず腕試しのために出てみよう」

アマチュア戦の時と同様、試合前には、そんなことを考えていたと記憶している。

それが試合後にはこう変わる。

「まさに天職!これ以外の道は考えられない」

 

控室の張り詰めた空気。入場前の緊張感、恐怖心、葛藤。リング上から見た景色。

相手と対峙した時の覚悟。試合中の高揚感。お客さんの声援。

明るく照らされたリングの上で、四方八方からの視線を感じながら、全力を尽くして闘う。

 

そのどれもが新鮮でときめいて、ボクシングに、試合に出ることにすっかり魅了されてしまったのだ。それからもボクシング以外に私を夢中にさせるものは現れず、必然的に私はプロボクサーの道を歩んで行くことになる。

 

実はボクシングに出会う以前、役者を目指していた時期もあったのだが、摂食障害を繰り返し、精神的な弱さもあり挫折。ちょうど、失恋も重なったりして、その頃は「もう二度と再起出来ないだろう」と考える程の失意の日々を送っていた。それが、まさか再び夢中になれるもの、輝ける場所に出会えるとは夢にも思っていなかった。本当に人生は何が起こるか分からない。

 

それまでの出来事、幼少期の辛い思い出をリセットして、そう、ここからが私の人生のリスタート!

 

投稿者 GB