2001年10月のタイトル戦で勝つことが出来ず、チャンピオンになれなかった私。試合後、とてつもなく落ち込んだ。どうして?何が敗因だろうか。「負け」ではなかったのだが、気分的には負けたようなものだった。
それまでは全勝で、このタイトル戦で初めて引き分けがついた。

勝った試合でもビデオを見て振り返ると
「どうしてもっとこう動けなかったのか」
「どうしてここであのパンチが打てないんだ」
「ここで休んでんじゃねーよ!」

と、反省点ばかりが目についてやり切れない気持ちになる。
それが今回は勝てなかったのだから、序盤から最終ラウンドまで、もう反省点だらけ。

ビデオを何回も見直して、自己嫌悪に襲われ、最悪の気分が何日か続いた後、
「頭でグルグルと考えてもしょうがない。もうやるしかない」
とロードワークで階段ダッシュをし、自分の悪かった所を修正するべくジムワークも再開した。
再戦の日程は、翌2002年2月3日ともう決まっているのだ。グズグズ考えている暇なんてない。それにそれまでの自分の動き、癖を修正するのには時間も掛かる。

私はアウトボクサーなので、距離が遠い間合いは得意だった。でも逆に距離を詰められた時は、長い腕が邪魔になって対応しきれてないように感じた。なので、この時から自分が得意なパンチの種類を増やす計画を立てた。
ショートのストレート、フック、アッパー、近距離から一歩下がりながら距離を作って打つパンチ。遠い距離も近い距離も両方得意になりたい。
アウトボクシングで足を使い、コツコツとパンチを当てながらも、距離を詰められた時にはファイター相手に接近戦でも優位に闘える、そんな選手が理想だ。

そしてもう一つの課題はスタミナ。今回は初めての10ラウンドを経験した。
途中で「え、まだ半分?長い・・・」と思ってしまった。それまでは4ラウンドまでしかやったことがなかったのだから長く感じるのは仕方ないが、それは相手も同じこと。なのに対戦相手の土田選手は最終ラウンドの最後の最後までフルに動いていて、何が何でもチャンピオンになりたいという並々ならぬ気迫が感じられた。

「今までの練習方法では、次やったら負けるかもしれない」
絶対に負けたくはない。負ける訳にはいかない。

スタミナ強化のために、ロードワークの距離やダッシュの本数は倍増。その他、サンドバッグを長時間手を休めずに打ち続けたり、空手の10人組手のようにラウンド毎に次々と新しい選手に交代するシステムで10ラウンドスパーをやったりした。

もし再戦で負けたら、悔しくて悔しくて再起出来ないだろうなぁ、と負けた時の気持ちを想像するとキツい練習も乗り切ることが出来る。
そしてロードワークでスピードを落としたくなった時、バッグ打ちの手を緩めたくなった時、「隣に相手が走っている」「隣で相手がバッグを打っている」と想像すると、手を抜かなくなることも学習した。

初めのタイトル戦の約4ヵ月後、2002年2月3日、下北沢の北沢タウンホールにて初代女子日本フライ級王座決定戦の再戦が行われる。
この日の出番はセミファイナル。メインはライカ選手と菊川未紀選手のフェザー級王座決定戦だった。

普段は闘志があまり見た目に表れないタイプの私だが、この日の気迫は前回の10倍増しくらいだったのではないだろうか。私の射程圏内に入って来たものはみんな撃ち落とす!くらいの気持ちだった、珍しく。

試合開始まで対戦相手の土田選手の様子は分からなかったが、1ラウンド目が始まると前回より気迫が感じられない気がする。
調整に失敗したのか。でも調整、体調管理も含めて実力だ。私は遠慮せずに、油断もせずにいくしかない。全身の感覚を研ぎ澄ます。慎重に慎重に相手の攻撃をかわし、的確にパンチを当てていく。

相手の攻撃がゆっくりに見えて、パンチを避けることもカウンターも前回よりも遥かに楽に出来る。これは私の猛練習の賜物か、あるいは相手の調子が悪いためか。

試合の中盤からは勝っていると感じていたが、最後まで何があるか分からないのがボクシングだ。私は不用意なパンチを貰わないように細心の注意を払った。もしかしたら私の戦歴の中で一番集中出来た試合だったかもしれない。

ラウンドが進んでも精彩を欠いた相手の印象は変わらない。対する私は身体が軽く感じられ、リングを跳び回り、接近戦でもショートパンチを決めた。途中でセーブすることもなく、フルで10ラウンド動いてもまだまだ大丈夫だった。
それまでの私は最終ラウンドが終わると肩で息をしていたのに。やはりスタミナ練習はトレーニングの要だと思い知る。

判定は3-0で私の完全勝利!晴れて念願の初代日本フライ級チャンピオンに輝いた。
リング上でチャンピオンベルトを巻いて貰う時、想像以上に嬉しくて柄にもなく泣きそうになった。泣かなかったけど。

初めのタイトル戦で引き分けになってからの再戦。雑誌等のマスコミ、周りの方々も煽ってくれた。このドラマチックな演出のおかげで、すんなり勝つよりもより一層嬉しかったのだと思う。
そう考えると、散々振り回されたドキュメンタリー番組も、兄と兄嫁のワガママも結果として演出の一部になったのだから感謝するべきなのかなぁ。いや、それは違うよね、絶対。

感謝すべきはジムの皆さん、トレーナーの方、スパーリングに付き合ってくれた他ジムの女子ボクサーの皆さん(時には男子)、応援メッセージを下さったファンの皆さん、愚痴を聞いたり支えてくれた友達。そして土田選手はじめ、ライバルの女子ボクサーのみんな。皆さんのお陰でやっと待望のチャンピオンになることが出来た。

誰かのコメントの真似みたいだが、それまで生きてきた中で一番嬉しかった。前回の試合のこと、厳しいトレーニングのことだけではない。それまでの人生の全ての苦労が報われたような、「生きていてもいい…」やっとそう言って貰えたような気がした。
ボクシングに救われた私。これからの人生はボクシングに捧げようと本気で考えていた。

投稿者 GB