前回は「どうして格闘技にハマったのか」をお話ししたので、今回は「どうして空手からボクシングに転向したのか」について。
空手にハマってはいたけど、正直私はそれほど強くはなかった。当時通っていた横浜道場は常設ではなく、他の施設を間借りしていたので、練習は1回に1時間、それを週に1、2回。これではあまり強くなれないし、試合にも勝てないと思った私は、ボクシングを教えてくれるというスポーツジムに入会した。大道塾でも許されている、顔面パンチの秘密特訓のつもりだった。
だが、本末転倒となり、そこで今度はボクシングにすっかりハマってしまう。
そのジムでのトレーナーとの出会い、それがいろんな意味での運命だったのだと思う。
まず、めっちゃ褒める。初めはお客様に対するサービス?お世辞?とも思ったのだが、
「パンチの瞬間のインパクトが凄い。女子でこんな硬いパンチの人は見たことがない」
等と具体的なことを何度も繰り返し言われるので、私もすっかりその気になってしまった。
もしかしたら幼少の頃から褒められた経験がなかったので、褒められるのに慣れていなかったのかもしれない。褒めてもらえると、素直にただ嬉しくて、次はもっと強く打とうとか、フォームを綺麗にしようとか頑張れる。どんなに辛くてもパワーが湧いてくる。
けなされてばかりで育った私は、この時初めて褒めることの大切さに気付かされた。
今の子どもは褒められて育つ子が多いと聞く。それでは大人になって褒められたりした時にも、私のように響かないのではないか。私も今、3人の子どもを育てているが「ちょっと褒め過ぎかなぁ。大人になって誰も褒めてくれなかったら頑張れないかもしれない」と反省することもある。
ちょっと横道に逸れたが、とにかくそのジムでは男性会員とスパーリングをしても、面白いようにパンチが当たり、みんなが私のことを褒めてくれる。そんな経験は初めてのこと。
勿論、女性の会員もいたが、ほとんどがフィットネス感覚の人ばかりで、本気で殴り合いたいなどと考える女性は私だけだった。
蹴りなしのパンチだけの闘い。私にはボクシングの才能が本当にあるのかもしれない。
私は更にのめり込み、1日に3、4時間練習し、週に6回もジムに通うようになった。
普通の日々からボクシング漬けの日々へ。今思うと、言葉は悪いが軽い洗脳状態にあったのだろう。他のことを考える余裕がない程、ボクシングのことだけを考え、クタクタになるまで練習に没頭した。まぁ私だけではなく、当時は洗脳状態の選手が多かったように思う。みんなそうして強くなっていったのだ。
当時の私は会社員で仕事は8時から18時。身体はキツかった筈だけど、仕事が終わると足が自然とジムに向かった。仕事と違って、好きなことで疲れるのは爽快感があるし、練習を休むと「私が休んでる間に他の人が強くなっちゃう…」なんて、妙な強迫観念がはたらいた。
実はボクシングを始める前の私は、摂食障害気味で、過食と拒食を繰り返していた。原因はたぶん母親との関係と仕事のストレス。40~60㎏の間で体重が増減を繰り返し、「もう限界!」と何度思ったことか。本当に辛かった。ボクシングの練習や試合よりも精神的にはキツかったかもしれない。部屋に籠り、膝を抱え、ただただ時間が過ぎ行くのを待つようなこともあった。
頭の中はいつも体重やカロリーのことばかりで「これは何カロリー?今食べたら太るかな?」とか、もう過食拒食のループ。
それがボクシングを始めてからは、頭の中の殆どをボクシングが占めるようになり、憑き物が落ちたように体重のことは考えなくなって、過食拒食も止まった。並行してウエイトトレーニングを行っていたこともあるが、体重をコントロールすることが出来るようになっていた。
ボクシングに関して、トレーナーは慎重だった。まずジャブだけを1カ月くらいやらされた。シャドー、ミット、バッグ…スパーリングでさえジャブのみ。大道塾で一通りのパンチを習ってきたと言っても、そんなことは聞いて貰えない。次にフットワーク1カ月、ワンツー1カ月、というように、時間を掛けて丁寧に指導して貰った。
それで結局アマチュアの試合に出るまでに、3年程かかったのだが、今はそれでよかったと思って感謝している。お陰で基礎がしっかり身に付いたのだから。
3年程、基礎をみっちり習った後、実戦ではどの程度通用するのか、自分の実力を試してみたくなって神戸で行われたアマチュアの大会に出場。
その試合でフルマークで勝利した私は
「プロでやってみませんか?」
と、会場で声をかけられた。
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