2002年12月18日、骨折した腕が完治しないまま出場した試合、この試合が行われた会場は代々木第二体育館だ。ここはそれまで女子ボクシングの試合でよく使われていた「北沢タウンホール」の10倍は客席がある。3000席くらいか。私が在籍する大道塾の大会でもよく使われる憧れの会場である。
リングも大きく、アウトボクサーの私には闘いやすそうだ。開場前のリングに上がり、ウォーミングアップをする。スタッフの方々が照明や音響の調整なども行っている。そのキラキラと輝くリングの上でシャドウをする。適度な緊張感がある。身体も軽く体調万全だ。右腕を除いては・・・。
リングの上からまだお客さんの入っていない客席を眺める。広い。ガラーンとしている。今までの会場とは全く違う。数時間後にここで試合をするのか。
「ここが埋まるくらい入るかなぁ。せいぜい半分くらいかな」
いや、そんなこと選手が心配することではない。選手はどんな環境でも精一杯試合をすればいい。お客さんが喜ぶ試合、自分が楽しめる試合を。
結局、相手のニッキー・カビロ選手の情報は何もないままで、「構え」も実際にリングで向き合うまでは分からないという。だが、おそらく写真に写っていたサウスポーで間違いないだろうと予想していた。
この日の出番もセミファイナル。今までの試合より少し派手に演出された入場口より入場。スモークが噴き出し、ライトアップされて、それだけでテンションが上がる。
いよいよ試合開始!相手コーナーから飛び出すニッキー。
やっぱり・・・。まぁそうだろうね、サウスポーだよね。
「サウスポーは写真だけで、本当はオーソドックスかもしれない」
だなんて、会長が気休めに言っただけだし。まぁ微かな期待はあったけど、サウスポーだとハッキリした今、覚悟を決めて行くしかない。サウスポー対策もやってきたつもりだ。
とはいえ、得意の左が全然当たらない。当然、相手は左右のパンチを自由自在に打ってくる訳で・・・。1,2ラウンドはそのパンチをフットワークでかわしつつ、パンチの軌道や強さを見極めるので精いっぱいだった。
しかし相手のパンチの威力、軌道が分かったところで、私には成すすべもない。右腕でブロックすると痛いし、序盤から右パンチを出すと、最終ラウンドまで右腕がもたないのではないか、と思えてしまう。
次のラウンド開始直後、そんな計画が吹っ飛ぶほど、相手は連打で距離を詰めて来た。相手のパンチを貰い始め、
「このままじゃ負けるかも」と弱気な考えが頭をよぎる。
窮地に追い込まれた私は無意識に右パンチを出すようになった。頭ではなく、身体が反応してしまったのだ。
「あれ、全然痛くない」
興奮状態でアドレナリンが出ているからか。しかもこれが相手に面白いようによく当たる。
たぶん相手は
「こいつ左しかパンチ打てないんじゃない?」
とか、安心して高を括っていたのだろう。
右が当たると左もよく当たるもので、やはりどちらか一方だけで闘うのは難しいものだと思い知る。
終盤、相手がグラつき倒せそうになるが、KOは出来ず、3-0の判定勝利。
またしても後半での大逆転勝利となった。
前回のアマンダ・ブキャナンと今回のニッキー・カビロ。オーストラリアの選手達を相手に危なっかしい試合を展開してしまった私。この辺りから前半でメッタ打ちにされ、後半に根性で何とかする、みたいなキャラになってきたように感じる。
カッコ良く言えば、ロッキーとか明日のジョーみたいな。
まぁメッタ打ちされてる時点でカッコ悪いんだけどね。
でもボクシングを始めた頃にはこんなになるとは思ってもみなかったなぁ。
もっとディフェンスとフットワークを練習して打たれない選手になりたい。もっとカッコいい試合がしたい!
そして骨折した腕なのだが、この2~3カ月後に再手術を受けることになってしまった。私が全然大人しくしていなかったので、なんと骨が成長するのを諦めてしまったとのこと。
その後、骨が付いてしまえば、引退するまでプレートもボルトも抜かなくても大丈夫だと言われ、そのまま試合に出続けた。
実は右腕でパンチをブロックするとかなり激しく痛み、右パンチを打ち込む際も少し痛く不安があった。
でも信頼するドクターに
「パンチを打っても痛くはありません。練習にも試合にも支障はないでしょう」
と言われたから、
「痛くない、痛くない。痛いのは気のせい」
と思い込むようにしていた。
「自分の感覚を信じれば良かった」
引退した今だからこそ、そう思える。ドクターは自分で実際に腕にプレートを入れてボクシングの試合をしたことなんてないのだ。恐らく、プレートを入れた他の選手に
「痛くありません。大丈夫です」
等と言われたに違いない。選手の「大丈夫です」ほど当てにならないものはない。
「痛い」等とは口が裂けても言えないだろう。
ドクターのことは信頼していたし、大好きだけれど、プレートを抜く手術は現役時代にしておくべきだったなぁ、と後悔している。引退後にプレートを抜いたら、全く痛みがなく、全力でパンチを打てるようになった。
今、選手をしている方、ドクターよりも自分の感覚を信じた方が良いこともあるので、この経験を是非参考にして頂きたい、と思っている。