2001年6月、アメリカへの武者修行を慣行し、ニューヨークのグリーソンズジムで、ボビーという黒人のトレーナーに指導を受けることになった。
親日家とはいえ全く日本語が分からないボビー。アドバイスは全てガッツ(友人のあだ名)が通訳をしてくれる。カッコいいな、ガッツ。私ももっと英会話を勉強しておけばよかったよ。英語の教科は得意だったけど、ヒアリングが出来ないと意味がないよね。

私がサンドバッグを打っていると、早速スパーリングの申し込みが来た。この後に行ったLA.ジムもそうだが、アメリカのジムには女子選手がたくさんいるのだ。
「え?初日からスパーリングなんて。心の準備も出来てないし・・・」とビビッていると、ボビーが「GO!」のジェスチャー。
まぁ武者修行のつもりで来たのだから、やるしかないだろう。

リングに上がると日本のリングよりも広く、アウトボクシングが得意な私には闘いやすそうだ。相手は東南アジアの血が入ったような精悍な容貌で、気の強そうな鋭い眼をしていた。

慣れない土地での初めてのスパーリング。緊張するのは仕方ないだろう。しかも私はスロースターターだ。初めは全く調子が出ない。

相手は外見通りのバリバリのファイターで、高野さんをもう少し大きくして顔を怖くした感じの選手だった。手数が多く、私のことを真っすぐに睨みつけガンガン攻め込んで来る。そして約束の3ラウンド終了まで彼女は攻撃の手を緩めることはなかった。

リングサイドでボビーが指示を出して、ガッツがそれを同時通訳してくれる。彼女はボクシングやテコンドーの経験者なので、微妙なニュアンスも理解してくれる。

「ゆみさん、距離を取って。リングを回って」
「頭を振って、もっと動いて!」
「相手をよく見て!」
と、分かりやすくよく通る声で的確に通訳をしてくれるガッツ。

「ゆみさん、左!」
「右!」
うーん・・・それくらいは私でも理解出来るかも、ガッツ。

「ゆみさん、ボディ!」
あ、それも分かる。
なんて、ニヤついてるところにワンツーを喰らう。結構強烈な一撃だった。

「ヤバ!何やってんだよ。集中しなくちゃ」
我に返った私は慎重に相手の攻撃を見極め、フットワークでそれをかわす。リーチで勝る私は長い距離からのパンチもコツコツとよく当たった。

次のラウンドからも、私の強打が何発かヒットして、なんとか(自己採点で)優勢に持ち込んで3ラウンドが終了。

リングから下りると、相手は彼女のトレーナーと何やら話していたが、しばらくして不満そうな表情を浮かべながら
「明日もやろう」
と言ってきた。

後で聞いた話だが、彼女はアマチュア大会での優勝経験があり、かなりプライドが高かったようだ。日本から来た訳わからない小娘に殴られるなんて納得がいかないのだろう。
私の方もせっかくニューヨークまで来ているんだし、勉強にもなるのでお願いしようと思ったのだけど、ボビーに反対されたのでやらなかった。
ガッツの通訳によると、ボビーの考えはこうだった。
「もう彼女とは二度とスパーリングしない方がいい。彼女はケンカと勘違いしているようだ」

こうして濃くて刺激的なアメリカ武者修行1日目が終わった。まだ1週間もここに来るのかぁ。自分が望んだこととはいえ、一抹の不安と恐怖心が頭をよぎった。

やはり日本から英語も喋れない弱そうな女子ボクサーが来たというのは珍しかったのだろう。「いいカモが来た」と思われたのかもしれない。
その翌日からも多くの選手から次々とスパーリングの申し込みがあり、なんだか一躍人気者になった気分。

なーんて呑気なことは言っていられない。このジムには昨日の選手よりも目つきが怖い、強そうな選手がゴロゴロいた。いろいろな人種、いろいろな階級。
英語が出来ないことと関係があるのか無いのか分からないが、私には元々外国人恐怖症のようなものもある。

オリンピックの陸上やメジャー競技の上位入賞者は白人や黒人が多いような印象がある。最近は日本や中国等のアジア勢も強いのかもしれないが、子供の頃の記憶なのか、何故かそんな印象だ。生まれながらの身体能力からして違うような気がしてならない。
それでも、この恐怖心を克服しないと当然上にはいけないであろう。通らなくてはならない「道」なのだ。

そんな私の心情を理解してくれたのか、ボビーは2日目からは全てのスパーリングの申し入れにOKを出した。初日のように断ることはなかった。もう逃げられない。
私を“カモ”にしようといている選手の中には黒人選手もいたし、階級が上の選手もいた。元々アメリカのジムではフライ級の私は軽い方で、10㎏以上も重い選手もたくさんいる。

「ええっ!本当にこんなに大きな選手とやるの?」
すがるような目でボビーを見るのだが、すぐにソッポを向かれる。
ボクシングって階級制のスポーツじゃなかったっけか。
「まぁしゃーない。何事も修行・・・。でも身体、壊れないかなぁ」

しかもニューヨークの後、ロスに2週間滞在する予定も組んでしまっていた。
あちらにも強くて大きな選手がゴロゴロいるに違いない。果たして体力と精神力が持つのだろうか。無事に日本に帰れるのか、私。
次の試合の日程はもう決まっている。何としてでも帰らなければ!故障なしで。

投稿者 GB