トーナメント初戦で高野由美という強敵を倒した私。しかしいくらリングの上で強くても、リングを降りればただの人。いや、私は普通以上に気が弱かった。
この時の勝利で少しばかりの自信をつけた私だったが、翌日出社すると陰湿ないじめが待っていたのだ。
「試合勝ったんだって?おめでとう!」
私の勝利を男性社員達はみんな喜んでくれた。普段からボクシングにも興味を持っていろいろと聞いてくれる。
女性社員達は声を掛けないどころか朝の挨拶も返してくれない。目も合わさない。私がいないかのように振る舞って、正にシカト状態だ。
いじめのリーダー格は私より10歳程も年下。細くて小さくてケンカはめちゃ弱そうなのだが、元ヤンらしくて口が達者で気が強い。常に誰かをいじめの対象にしていないと気が済まないタイプのようで、私の前にも2,3人標的にされた人がいた。なんとその中には違う支社に飛ばされた人もいたようだ。
何故そのガキにそんな力があったのかは謎だが、父親がお偉いさんだという噂もあった。そのガキが他の女性社員にも私の悪口を吹き込んで「無視しようぜ」ということになったらしい。唯一中立の立場を取っていた女性社員がこっそり教えてくれた。
まず出社時、女子ロッカーから賑やかに談笑する声が聞こえていても、私が
「おはようございます」
とドアを開けると途端にシーンと静まり返る。勿論、返事もなく、みんなそそくさと逃げるようにデスクへと向かう。ロッカールームで独り無言で着替えを済ませる私。
昼食時もそうだ。みんなは楽しそうにお喋りをしているけれど、私が話しかけると黙り込んでしまう。
小・中・高とほとんどいじめと縁がなかった私は
「これが噂に聞くいじめというものかぁ!」と初めの方こそ面白がっていたが、日を追うごとにつらくなっていった。そのうち収まるだろうと高を括っていたのだが、何日、何週間経っても一向に収まる気配がない。
せめてもの救いは男性社員とは仲が良かったこと。私が雑誌や新聞に載ると、
「ほら、たくさん買ってきたよ」
と5冊も6冊も買ってきてくれた。
そして幸いなことに上司からも気に入られていて、何度かその女子社員に注意しようか、と提案されたが
「私のことを嫌いなんだから、何を言っても無駄だと思います」
と断った。
いじめの原因を私なりに分析すると大きく分けて2つある。
一つめは私が変わり者で女性社員に馴染めなかったこと。当時の私は一般の若い女性のようにブランドやファッション、メイクに全く興味がなかった。毎朝、ロードワークしていたため、メイクもあまりせず、髪もボサボサの状態で出社。読んでいる雑誌も他のコがファッション誌なのに対して、私は格闘技雑誌やスポーツ誌。会社に750㏄のバイクで通勤していたことも気に食わなかったのかもしれない。格闘技の雑誌を抱えて出社したら
「え!何それ?おじさんみたい」と眉をひそめられたこともあった。
そしてもう一つは嫉妬ではないかと思う。急にテレビの取材が来たり、雑誌に載るようになったり。男性社員は喜んで応援してくれたが、同性からしたらやはり嫉妬の対象になるのかもしれない。たまたま私の前のターゲットが異動になっていなくなったこともキッカケとなったようだ。
本当に悔しいのはリング上と違って、実際の社会ではケンカが出来ないことだ。当たり前のことだが、殴ったら即傷害罪。こんなに殴りたい人が目の前にいるのに、何も出来ないのだ。リング上の対戦相手よりもこの目の前のガキの方が何倍も殴りたいのに。私がこんなことを考えて過ごしていたこと、あの子は知ってたかなぁ。
考えてみたら、いじめを受けたことこそなかったが、子どもの頃から気が弱かった私はどちらかと言えば「いじめられ体質」だったようだ。
格闘技にハマった潜在的な理由は、もしかしたら高校時代に絡まれた経験かもしれない。
高校3年の秋、学校の近くの土手を歩いていた私は他校のヤンキー達にケンカを売られた。たぶん下級生だと思われるが、3,4人いたと記憶している。当時は文科系で全く筋肉もついてなくて、弱そうに見えたから目を着けられたのだろう。自分に自信がなかった私は態度もおどおどしてたのだと思う。ジーッと睨まれて付け回された。こういうのガンを飛ばされたって言うのかな。
「何ですか?」
と私が聞くと、薄笑いを浮かべながら
「タイマン張ろうぜ!」
「え、今なんて・・・?」
私はビビった。“タイマン”なんて言葉、ヤンキードラマでしか聞いたことがなかった。
はっきりとは知らなかったが、ケンカみたいなもの?とは薄々分かっていた。中学では美術部、高校では演劇部で運動は全くやってこなかった。勿論、ケンカの経験なんてない。ケンカなんて怖いし、もし問題を起こしたら既に決まりかけていた大学への推薦を取り消されるかもしれない。
誰か通り掛ってくれないかなぁ。祈るような気持ちで天を仰ぐ。いろいろな考えが頭をグルグル回った。だが我が祈り届かず、無情にもそこには誰も通り掛からなかった。
「おい!タイマン張れないんだったら土下座しろよ!!」
え・・・。タイマンは怖くて無理だけど、土下座するのも嫌だった。したことないし、屈辱的だし。どうしよう、どうしよう・・・?
「タ・・・タイマンって何ですか?」
気が付くとか細い声で私はそう口走っていた。
「え!なんだコイツ?」
ヤンキー達は呆れ顔で爆笑しながら立ち去って行った。
「助かった」という安堵した気持ちよりも、自分の不甲斐なさへの失望の方が大きかった。ケンカに応じるわけでもなく、潔く土下座するわけでもない。タイマンの意味を知らないと言ってとぼけて見逃して貰ったのだ。本当に情けなく、恥ずかしいと思った。当時は割りと成績が良い方でどちらかというと優等生タイプだったのだが、
「勉強が出来ても、ケンカの一つも出来ないと情けないよな、たとえ女だとしても」
等と思ってしまったのである。
とはいえこの一件は、この後の受験や大学入学等で、すっかり忘れてしまっていた。
入学後も毎日の授業やバイトでくたくたになり、思い出す余地もなかった。
しかしこの時の記憶が胸の奥深くで燻っていて、後に始めた格闘技での闘争本能に火を付けたことは認めざるを得ない。