前回は他ジムの女子ボクサーとのスパーリング模様を紹介したが、今回も前回に引き続き私が選手をやっていた頃の女子ボクサー達について書いていこう。
当時一番頻繁に出稽古に通っていたのが山木ジムで、ここでは多くの女子ボクサー達と一緒に練習が出来た。女豆タイソンと言われた高野由美選手、ライカ選手、袖岡裕子選手、ジプシータエコ選手、山口直子選手、櫻田由樹選手・・・ここには書ききれない程、実に個性的な選手がたくさんいて、ここに行けばスパーリング相手に困ることはなかった。
ファイター、アウトボクサー、サウスポー、オーソドックス、ハードパンチャー、テクニシャン。ボクシングスタイルも様々なので、彼女達とやっておけば、いろんなパターンに対応することが出来る。
初めの頃こそ、敵地に乗り込むような怖さがあったが、通っているうちにすっかり慣れて、ホームのようにリラックスして練習出来るようになっていった。
なかでもライカは私と同じ日にアマチュア会場でスカウトされ、デビューした日も同じだったのでよくスパーリングしたし、仲も良かった。階級は私より重いフェザー級で、身体はガッチリしてゴツいけど、実は中身は幼な子のようで、少女のようで、少年のようで純真そのもの。
彼女はいつもこう言い切った。「自分はボクシングのことしか考えていない」
ライカとのスパーは初めの頃は私の方が優位だった。まだ彼女がいろいろな技術を習得していなかったからだと思う。それが試合を重ねるごとにどんどん巧く強くなっていった。これを肌で感じることが出来たのは、普段からスパーをしていた選手だけ。
そのうち力負けするようになり、フライ級の選手も増えてきたので、ライカとスパーをやることは殆どなくなっていった。
山木ジムで最も個性的で面白い選手、それは誰が見てもジプシータエコだろう。
彼女のファイティングスタイルは独特で、相手選手はやりにくかったに違いない。決して褒められたことではないのだが、頭から突っ込むことも多く、いつもレフェリーやセコンドから注意されているのに、なかなか直らない。基本サウスポーで、たまにスイッチしてそこから変則的なパンチを繰り出す。これが速かったら、対応するのが難しかっただろうが、残念なことに彼女にはスピードがなかったので、あまり勝ちが多くなかったように思う(ごめん、ジプシー、私の個人的な感想です)。
彼女はそのリングネームの通り、いろいろなジムを渡り歩いてきた。ジムで問題を起こしたから辞めた、という人もいるけれど、本人が言うにはジムが自分に合わなかったとのことで、まぁどちらを信じるかは貴方次第!といったところだろうか。
確かにクセは強いが、決して悪い人には見えないというか、私にはいい人に感じられた。
練習後、バイト先のお好み焼き屋に招いてくれて、アパートに泊めて貰ったこともある。話していて楽しい人だった。
そういえばライカもジムの近くに部屋を借りていたので、ライカの家にもよく泊めて貰ったっけ。当時の山木ジムの選手はジムのある下北沢で部屋を借りたり、バイトをしている人が多かったのだ。
冬の夜、エアコンや暖房器具もない部屋で、一組の布団で一緒に寝ることもあった。ライカともジプシーとも。若い頃だからこそ出来たことかもしれない。
それからリングネームからして凄いのだが「マーベラス」という恐ろしい選手がいた。
見た目は全くの男性で、一度対戦したことがあるが、その腕力とスピードに圧倒されて負けてしまった。
その試合を観に来て下さった大道塾の東孝塾長と片岡鶴太郎さんは「あれは男だよ」と口を揃えた。そんな感想に笑ってしまったことを、負けた悔しさと共によく覚えているが、特に塾長の言い方が可笑しくて今でも忘れられない。塾長はコソコソ話でこう仰った。
「おいお前、ここだけの話だけどな・・・あれは男だぞ。オレには分かるんだ」
結局、お二人はこの試合だけしか観戦されていない。負けた試合だけでなく、勝った試合も観に来て欲しかったなぁ。
私にとって初めての敗戦、この試合は下北沢にある北沢タウンホールで行われたのだが、ここは女子ボクシング立ち上げの時から使われていた、いわば女子ボクシングのメッカだった。今も下北沢と聞くだけで、試合やスパーリングのドキドキ・ワクワクが蘇ってくる。私にとって忘れられない、大切な思い出の街。多くの女子ボクサーにとっても、またファンの方々にとっても、そんな街なのではないだろうか。