2001年3月2日、フライ級トーナメント初戦の相手、高野選手はやはりめっちゃ速かった。常に左右に身体を振り、前後の出入りも激しい。
私は必死に目で追いかけ、目に連動して身体も反応させる。もしかしたら私史上一番早く動いたかもしれない。そう思えるくらいに相手は俊敏だった。
相手のパンチを良く見て避けて、一瞬の隙をついてパンチを叩き込む。頭では分かっているのだが、なかなかそれをそう簡単にはさせてくれない。あちらも考えていることは同じなのだろう。
元々サウスポーが苦手だった私はとてもやりにくくて、いきなり視界の外からパンチが飛んでくるように感じる。
私は左回り、彼女は右回り、お互いポジションの取り合いが続く。
「このままじゃ負けるかもしれない。今のところ劣勢か」
1, 2ラウンド、なかなか攻撃の突破口が開けない私はそう感じていた。
相手より15cm以上も身長が高い私だったが、パンチがあまり届かない。彼女の素早い出入りのためだろう。それでもジャブはコツコツと当てることが出来ていたので、諦めずに根気よくチャンスを窺っていた。
フライ級トーナメント1戦目、こんなところで負ける訳にはいかない。まだボクシングの道を歩き始めたばかりなのだ。ボクシングを始める前のようにまた結果を残せないで終わるのか。そんなのは嫌だ。
また普通の日々へ逆戻り。いや、普通ならいい。私はそれ以下だった。仕事も家族も恋愛も・・・。
インターバル中、そんなことが頭をグルグル。
「もう行くしかねぇ」
幸い、それまでのラウンドで決定打は貰っていない。そして私はなぜか後半戦に強い。
動きながらも相手の全体像を良く見る。肩の動き、目の動きなども観察する。徐々に相手の攻撃が見えてきて、打ち終わりにパンチを合わせることが出来るようになってきた。そしてリーチが長い分、私のパンチの方が強く当たっていたように感じる。
そして最終ラウンド、相手も必死で前へ出てきた。相手が左ストレートを打つタイミングでカウンター気味に右ストレートを合わせる。右ストレートを2発クリーンヒットさせたところでゴングが鳴り試合終了。
結果は判定へ。「ここで負けたら、もう試合は出来ないのかなぁ」そんな不安が頭をよぎる。判定待ちの数秒がとてつもなく長く感じられ、やっと判定結果が出る。2-0の判定勝ち。最大の難関だと思っていた1回戦目を突破することに成功した。
初戦で敗退しなくて本当に良かった。次戦、トーナメント2戦目は7月の予定。
お世話になった高野選手への恩返しのためにも、これからは全戦勝利してチャンピオンにならなければ、との思いを一層強く感じた。
実はこの試合の少し前からテレビのドキュメンタリー番組の取材を受けていた。それまで雑誌の取材はあったのだがテレビは初めてで、ジムに電話があった時には正直びっくりした。
ジムの練習以外にも、朝のランニング、会社、自宅にもカメラがついてきたが、別に私なんかの生活を撮っても面白味がなくて申し訳ない、という気持ちでいっぱいだった。
どうせボツになるんじゃないの?と思っていたのだが、実際に放送されてこれまたびっくり。
そしてこの放送をきっかけにますます取材の依頼が多くなる。やはりマスコミの影響力というものは凄いものだと改めて思い知らされる。
たぶん初めは格闘技雑誌の方が「ビジュアル系ボクサー」とか「元女優ボクサー」とか、多少大袈裟に取り上げて下さったのが誰かの目に留まったのであろう。
当時は女子ボクシングがまだきちんと確立されていなくて、多少色めがねで見られていたようだ。格闘技をやる女性は男っぽいという偏見があり、私のような普通っぽいというか逆に弱そうな選手は珍しかったようだ。
そういえば「弱そうで強い八島有美」というフレーズもあって、それは結構自分でも気に入っていた。普段は弱そうに見せて相手を油断させるという戦法を使えたからである。
この頃、テレビやラジオ、雑誌等に出て、女子ボクシングをアピールすること、それは試合をすることと同じくらいに意味のあることだと思っていた。まだ認知度が低かった女子ボクシングを少しでも広められたら、「女子も一生懸命に真面目にやってます」ということを伝えられたら、との思いからだった。
いろいろな番組に出させて頂き、多くの有名人の方とお会い出来たし、楽しいこともたくさんあった。チョイ役ながら、映画にも出させて頂いたし、太田プロにも入れて頂いた。
しかしディレクターにもいろいろな方がいて、中には波長が合わなくてイライラしてしまう方もいる。試合前等は減量で何も食べられなくて、ただ単にイライラしていたりする場合もあるのだが、それ以外でも妙に威張っていたり、やらせのようなことを強要されたり・・・。
例えば、職場にカメラが入って私の同僚がテレビには映りたくないと拒否した時
「え、どうして?地上波だよ。テレビ出たくないの?」
と言ったディレクター。人にはそれぞれ事情や考えがあって、みんながみんなテレビに出たいと思ってる訳じゃないんだよ、と言ってやりたい。でも言えなかった。本当に気が弱い私。
で、この気の弱さとマスコミからの取材が災いして、私は会社でいじめを受けることになる。
私史上、初めてのいじめ。しかもいじめのリーダーは10コ近く年下の女子。
プロボクサーなのに、もう4戦してるのに、全勝なのに。でも何にも出来なかった。ホントもう何なんだ、私!